ねこのひたい~絵日記室<ネタバレなしの映画評?>

 ~ネタバレなしでも、読めばガッカリ~

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【スクリーン】

原語:SCREEN(英語)

和訳:幕

類語:銀幕

用例:「ワイド・─」「君と過ごしたあのひとときは、心の─に鮮やかに甦って欲しくない」

映画出演が『おニャン子・ザ・ムービー~危機イッパツ!』だったにもかかわらず、工藤静香だの渡辺満里奈だのが上位を占めていたと記憶する「読者の投票による映画スター・ベストテン」という意味のない記事を毎月掲載していたのは、スクリーンでしたか、ロードショーでしたか、それとも近代映画だったかな。今となってはどうでもいいことですが、いまだにそうした傾向のまま続いてるのなら、それはそれでたいしたものとはいえ、やはりどうでもいいことなのでした。

(2)スクリーン・サイズ
一般的には、映写時における画面の縦横比の違い意味するそれは、かつてはさまざまなサイズがありましたが、現在のところほぼ3つに大別されます。その3種類は、ご家庭のテレビブラウン管とほぼ同じ縦横比のスタンダード、それよりやや横長なビスタ、スンダードの約2倍の横幅を持つシネマスコープ(略してシネスコ)、と呼ばれています。
ハリウッドでテレビの差別化を図るべく1950年代に登場したビスタやシネスコですが、正式なビスタ、つまりビスタビジョンは撮影にスタンダードの倍のフィルムが必要で、一方アナモフィックレンズを使うだけでフィルムの使用量は変わらないのによりワイドなシネスコの作品が主流を占めました。
しかし、いつしか差別する側からされる側へと転落していた映画は、スタンダード作品以外はテレビで放映される際に画面の左右を切られる運命にありました。すると横幅の広いシネスコの場合、画面の端と端に人物を配したような構図だと、テレビ放映では人が映ってないのに台詞が聞こえるというシュールな作品になっちゃうわけです。とはいえ正式なビスタビジョンは経費が掛かりすぎるので、スタンダードフィルムの上下を覆ってビスタ幅で撮影したり、スタンダードで撮影して上映プリントを作る時点や映写時に上下を切るだけという「なんちゃってビスタ」がメインとなったのでした。
なぜそこでスタンダードへと回帰しなかったのかはよくわかりません。また、どうしてビデオもテレビと同じ左右を切る方法を採用したのかもよくわかりません(*1)。調べるのも面倒だし。
てなわけで、一部大作を除き1990年代前半まではそうした傾向が続くのですが、映像のスペクタクル化と音響のデジタル化が進むにつれシネスコが復活してきました。恋もミニスカも出てこないほうの『リーサル・ウェポン』の第1作はビスタだったのが2作目以降はシネスコになっていったことからも時代の趨勢がわかります。
ところで、最近はビデオに替わってDVDが主流になってきました。なぜそうなったのかはわかりませんがDVDはビデオのときと違い、劇場公開時のスクリーンサイズでの収録が主流です。とはいえ、なぜかスクリーンのように左右自由自在に広がらないのが主流のブラウン管に映すことを前提としているDVDなので、左右を切らないとなると上下を縮めて収録せざるを得ません。
そんな状況下では、それほど映画館で映画を見ない人にはシネスコ作品は好意的に受け入れられず、「だから映画は映画館で見るに限るのさ」とうそぶく輩を結果的に助長させるのも不愉快なので、狭い敷地にスクリーン数だけ確保してる中途半端な田舎のシネコンはビスタ基準で設計されてて、シネスコになると上下が縮むことが多いんだぜというカウンター・パンチを食らわしてやりましょう。

(3)スクリーン・セイバー
そのむかし、『サスペリア』の日本公開時に、鑑賞中に恐怖のあまり亡くなるお客さまへの補償として「ショック死保険」となるものが掛けられました。さすがは世界の珍画をグレートハンティングしては嘘八百の誇大広告やエゲツナイ宣伝手法というか今なら子供だましと一笑に付される手を使っては本国よりもヒットさせることで、ヘラルドと競い合っていた老舗配給会社の東宝東和がその配給担当でした。
その是非は問いません、ってほとんど非と決めつけるような書き方してますけど、その頃はまだスクリーンに映るものが恐怖の対象足りえていたという意味では、最後の幸福な時代なのかもしれません(*1)。
そんな幸福な時代に、映画館内最前列よりのスクリーン横に立ち、上映中も映画ではなく客席のほうを見つめて、失神者や失禁者や失業者がいたらすぐさま救助に駆けつける特命を帯びて待機している男性たちがいました。彼らは、常日頃から体を鍛えすぎて脳ミソまで筋肉質になっていたせいか、いきなり地面に伏せたかと思うと突然立ち上がって走り出し客席めがけて飛びかかるわ、でも同性は助けないわ、おまけに冬でも水着姿だわ、しかも競泳用のピッチピチだわで大絶賛されたわけですが、それはあくまで一部好事家のみで一般的には「おおむね不評(ヘラルド関係者)」ということで早々に海へ不法投棄されたものが自然繁殖した結果、現在のライフ・セイバーになりましたとさ。

(*1)テレビ放映やビデオ収録の際、左右が切られず上下に黒味も出ないシネスコやビスタの作品もありました。画質の向上に加え、トーキー以来より音声トラックで削られていたフィルムの端っこを映像にお返していただいたお蔭で、以前のビスタやシネスコより粒子がきめ細かいスーパー35というフィルムで撮影されたものがそうです。スーパー35はスタンダードで撮影されますが、上下を切って上映されることが多かったようです。そのためビデオ化されると、劇場で切られた上下部分を見ることができるのですが、そんなことおかまいなしに撮影はされちゃうので、ビデオで見るとブームマイクとか映ってたりします。その撮影方のお蔭で、「テレビ探偵団」あたりの影響で重箱の隅をつつく快感を覚えた善良な人たちが、そんな事情も知らずに悪意を持って自慢げに暴露するようなテレビ番組が視聴率を稼いだこともありました。ちなみに『トータル・リコール』もその手法で撮影されたのですが、「ビデオでは劇場で見えなかったところまで見えます!」としたたかな商売をしたのは東宝東和です。

(*2)最近、鑑賞中に米国女性が死亡したことでメル・ギブスン監督の『パッション』が話題になりました。日本での配給は奇しくもヘラルドですが、その話題を振り撒いたのはマスコミでした。配給会社とは違い、まだまだ30年前と変わらぬ幸福な時代をマスコミの連中はノラクラしているということが言いたいのではなく、簡単に心臓麻痺を起こすような生活をしている現在の米国にこそ必要なんです、スクリーン・セイバーが。
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