ねこのひたい~絵日記室<ネタバレなしの映画評?>

 ~ネタバレなしでも、読めばガッカリ~

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線を引く

図書館で借りた本に限って、線が引かれているのです。

古本屋で購入した本に、そんなことはめったにありません。

古本ではない新本も、線を引かれているものはほとんどお目にかかりません。当たり前といわれればそれまでですが、よく考えたら不思議なことです。

まあ、それはいいとして、図書館の本に線を引く輩がいる。そういう輩は、自分の蔵書にも線を引くのでしょうか。
答えは「否」です。
他人のウチの塀に落書をする人間はいても、自分のウチの塀にそうしたことをするヤツはいないということからもわかります。古本に線が引かれたものがめったにないというのもこの理由からです。

それが自分のものでないから落書が行われるという現象は理解できますが、現象を理解することと、落書そのものの意味を理解することは別物です。

本というものは、いくつかの文章の総体として成り立っているものの場合が多いんですけど、その中のある一文に線が引かれている。それが決まって文字の右側というのも興味深いところではありますが、それはひとまずおくとして、とにかく引かれているわけです。

それが例えば「ぬ」というひらがなにだけ線が引かれているのであれば、「『ぬ』の字がとても好きな人」といった結論以上のことはそこから読み取れません。それに「ぬ」には、「『ぬ』だったら、しかたないよな」と人に思わせるようななにかがあります。

ところが、それなりに意味を持つとはいえ、本総体から抜き出されているかのように引かれた線を見ると、なんだかとてもいやな気分になるのです。
そこに線を引かせた心理状態についての解説でも添え書きされていればいいんですが、そんなことはなく、ただ線が引かれているだけです。しかも、たいてい、そうした線は、一冊の本に1本だけではなく、複数引かれていることが多い。
そうすると、それらの文章を関連付けさせたり、そこから読み取れる意味を考えさせたり、そのために前のページを繰りなおしさせたり、というただの線だと思っていたものが線ではなくなり、人格を持ち始めそれにいつしかこちらが踊らされているようです。そんな自分にふと気付き、とてもいやな気分にさせられます。

あるインタビュー本に、登場する人物名にばかり線が引かれていることがありました。ところが読み進めていくうちに、1箇所だけ人物名ではないコトバに線が引かれています。
「それが」
指示代名詞と格助詞の組み合わせというシンプルな3文字にもかかわらず、線が引かれることで得体の知れない怪物に見えてくるのです。

いったい誰がこんな恐ろしいことを、やらかしているんでしょうか。
消すことのできないボールペンで引け、しかも3色用いよ、と提言する斉藤●氏がその犯人の最有力候補なのは、間違いないものと思われます。
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